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「子どもたちが身につけるべき9つのスキル」を公開しました。レオ・バボータ「9 Essential Skills Kids Should Learn」の日本語訳です。

少し前の記事だけど、子どもにとって学校っていったい何なんだろうとずっと考えていたところだったから(今のニュースを見てたら考えないわけにいかない)、この機会にということで。今の日本の学校の問題と直接関係ないように思えるかもしれないけど、たぶんそんなことはない、気がする。

今日の学校制度の中で学ぶ子どもたちは、明日の世界に生きるための準備が充分にできてはいない。

私は企業の世界から行政の世界へ、そして絶えず変わり続けるオンラインの世界へと移ってきた人間だ。だから昨日までの世界のあり方がいかに急速に時代に合わなくなってきているか知っている。私は新聞業界で修行したのだが、そこでは誰もが自分たちは永久に時代遅れになることはないと信じていた。しかし今、新聞は馬車と同じ運命を辿るだろうと私は考えている。

残念なことに、私が教育を受けた学校制度は、はやりすたりによる些細な変化を除けば、世界は本質的に普遍であるという前提に立っていた。私たちは、2000年代に何が起こり得るかではなく、1980年代に最も必要とされる仕事を前提にした技能の訓練を受けたのだ。

20年後の生活がどんなふうになっているかなど、誰も本当には知り得ないということを考えれば、それもわからないではない。1980年代のことを考えてみよう。パーソナル・コンピューターはまだ生まれたばかり、ファクスが最先端のコミュニケーション・テクノロジーで、今日私たちが知るようなインターネットは、ウィリアム・ギブソンのような空想科学小説作家の夢でしかなかった時代だ。

世界が自分に何をもたらそうとしているかなど、私たちには知りようがなかったのだ。

そして、ここにひとつの事実がある。今も私たちは知らないままなのだ。永久にそうなのだ。私たちが未来をうまく予測できた試しはない。だから、将来についてわかっているかのように子どもたちを育て、教育することは、賢明とは言えない。
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— レオ・バボータ「子どもたちが身につけるべき9つのスキル」 http://bit.ly/NUDHYd

10 months ago

July 22, 2012
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 先日電車内でのこと。とある親子が乗ってました。子供はまだ幼稚園ぐらいですかね。おかあさんのスカートをずーっと握ってまして…まぁ甘えたい年頃なんだなぁと思いつつ最初は注意を払ってなかったんですよね。
 そしたらまぁ何が原因かよくわからないんですが子供が大声で泣き出した。スマホの画面から目を離して見てみると、結構なガチ泣き。もうわんわん泣いてて見ているこっちがどうしたんだ何があったんだと子供に聞きたいぐらい。知らない子じゃなければ背中さすってなだめてるところです。

 車内は子供の泣き声でいっぱいに。とはいえあのぐらいの子供はまぁ泣くものです。乗ってる客もそうイラだった雰囲気はなく。そのうち収まるかな…うーんしかし何が原因で泣いてるんだろう?なんて思ってましたが、これがまた一向に泣きやまない。

 で母親が一生懸命諭してるのかな…と見てるとどうもただ怒っている。ひたすら子供を怒ってるわけです。

「もう、なんで泣くの!みっともないでしょう!」
「ほら…みんなが見てるじゃないの…」
「そんな子は知らないわよ!泣けばいいってもんじゃないでしょう!」


 聞いてるとどうも違和感が。
 泣いてる原因は聞いてないんですよね。
 ただ「自分が恥ずかしいから」泣くなといってるように聞こえる。母親の怒りのボルテージは上がる一方。
 むしろ子供の泣き声より母親の言動の方がイラっとくる状態。
 とはいえ他人の家族の間に入り込むのも気がひける。が、子供の泣き声が胸に痛い。自分が子供の時もガチ泣きしてたことはあるわけで…まぁ誰だって人ごとじゃないはずなんですよね。泣く子供ってのは。誰しも一度はくぐってる時代のはずですし。

 その後も数駅。子供はひたすら泣きわめきながら「おかーさーーーんうわーーーーーーっ」とかやってるんですが、母親の方はともかく泣くのをやめなさいを繰り返すばかり。

 あれで泣き止むもんなら子育てはきっと苦労はないんだろうなぁ…と思っていたところ優先席に座っていた年輩の夫婦がそっと立ち上がって子供のそばに。旦那さんの方が母親に、奥様の方が子供と同じ視線にしゃがむようにして壁に寄りかかりながらドアのそばの手すりをつかんで。

「子供がなくと大変ですなぁ…」
 なんて会話を旦那さんがしていて、母親の気を紛らわせ始めます。
「どうしたのかな?どっか痛いのかな?」
 奥様は子供の気を引きます。優しい笑顔で頭をそっとなでる。くびすじをなでる。ぽんぽんと肩をたたく。そうしつつ子供と目線を合わせている。
 旦那様の方は母親を気遣いながら子育ての大変さを聞き出しはじめる。
 ぼんやりと見ること2分もたたないうちに子供は泣き止み母親もテンションが普通に戻っている。うわーこれは見事だなぁと見ていてびっくり。
 まぁここまで見てるだけってのもあれだったので、スーツのポケットに飴をいれてたのを思い出しまして。そっと近づいてしゃがんでいるおばあさんに渡すとそれはもういい笑顔で子供に渡してあげてくれて。

 その次の駅で母子は降りて行きました。
 私は老夫婦に席をゆずり(子供をあやしている間に優先席は別の人に取られてしまっていた)手際のよさを褒め称えました。
 すると旦那さんの方が「あんた顔しかめてたねぇ。あれかな女性のヒステリーは苦手な方かな?」
 などと問われる。見てるところは見てるもんだなぁと恐縮。
「子供が泣いてるのに体面ばかり気にする言葉ばかりで…どうにもいらいらしてしまいました」
 素直にそう言うとこれもまたいい笑顔で「私もだよ」なんて言われまして。
「子供が親の話を聞くなんてのは親が勝手に思ってるだけでね。子供に言葉で諭したってだめなんだよな。触ってあげて優しくしてあげればいいんだ。疲れてすぐに泣き止む。怒るのは泣いてない時にやるんだよ。すくなくともうちのかみさんはそれで何人も育ててるんだから」
 自慢げにそう言われてこちらもなるほどそうなのかぁ…とうなずくばかり。まぁ子育てなんてやったこともないんでそう言われればそうなのかなぁと。
 私が思っていたのは叱り方の方で。
「みんなが見ているから」
 とか
「恥ずかしいでしょ」
 としきりに言ってたんですが、それってあんたが恥ずかしいだけだよな?子供じゃないよな?と思いつつ見ていた。
 老夫婦にその辺りを聞いて見たかったのですが、私も降りる駅がきてしまったので挨拶だけして電車を降りました。

 会話の端に「何人も子供を育てた」という言葉があったので、老夫婦はいわば子育てのエキスパートだったのでしょうかね。奥様のやり方を旦那さんが肯定していて自然にサポートしている。まぁ実際の子育ての頃は今ほど落ち着いてはいなかったのでしょうけれど、やはり経験ってのは人を磨くものだなぁと思ったりも。

 そして今でも思うのは母親の叱り方。
 他の場面でもよく見るのです。椅子の上で変な座り方をしていたりはしゃいでるいるのを放置していたり、叱る時も「みんなが見ている」とか「恥ずかしい」を連発している親を。
 その叱る言葉は本当に子供のための言葉なんだろうか…ただ自分が恥ずかしいから子供を叱っているのではないか。
 そして「みんなが見ている」という言葉。
 みんなが見ているからやめなさい…ではなく本当は「それはしてはいけない事だから」やめなさいではないだろうか。
 自分が母親に叱られていた子供時代はどうだったか。
 それが社会の仕組みでみんながきちんとしているのはなぜか。他の子も泣いてないでしょう?こういう乗り物はみんなが乗るものだから自分だけわがまま言っちゃだめでしょう?そう諭されていた気がします。
 まぁそれでも泣いて最後にはげんこつ食らってさらに泣いてた気もしますが(苦笑)言うこと聞かない子供だったしなぁ…

 それはさておき。

 子供を持たぬ独身男には不思議なのですが、子供を叱るってのはどういうことなのかと。
 これから社会で生きていくために必要なルールを教える。それはとても大切なこと。特に日本ははみ出しものには辛いところですから、最低限のところは教えてあげないといけない。
 公共の場と自宅の違いも教えてあげないといけない。
 でも。
 泣いているならば。
 他人の目がどうこうではなく。なんで泣いているのか。泣いている原因がわがままなら叱るでしょうし、そうでないなら他人の目なんて気にせず子供に相対して欲しいな…と個人的には思うのです。
 たぶんその方が早く泣き止むと思うので。

 自分の子にあまり触れない親が増えているとも聞きます。
 体面ばかりを気にする親が増えているとも聞きます。

 今回の件でそうなのかもな…と思いつつ。それでも子供を産み育てる苦労を考えると、それをしていない身としては何も言えず。せいぜい飴のひとつも子供にあげるぐらいしか出来なかったわけで。
 世の親とは大変だなぁとも思うのですが、それでも…
 子供の立場を考えれば…あのぐらいの子では表現が泣くか笑うかぐらいしかないんだろうな…とも思うので。あまり親の都合で叱ってほしくはないかなぁ…と思うのです。まぁ子育ての大変さから子供に当たるというのもわからないではないんですが。子供からしたらたまったものではないだろうなぁと。

 私の母も女手ひとつで私を子育てしてましたので、ストレスを私にぶつけてくることはありました。離婚の理由。分かれた父親への怨嗟の言葉。酔えばもう出てくるのはひどい言葉ばかり。あんたなんて生むんじゃなかったと何度聞いたことか。人格形成に大きく影響を与えるヒトコマではありましたが、長じて大人になると母の言葉もわかってくるものです。今の自分が一人で子育てを…働きながらしたらどういうことになるのか。それを考えると母に文句は言えないなぁと。
 あの頃はなんで遊んでくれないのか構ってくれないのかと泣いてたもんですけれどね(笑)子供には親の事情がわからないってのは実感出来るなぁ…自分がそうだったから。
 親も子も。ボルテージをあげずにうまくやっていけるといいんですが…なかなか難しいのでしょう。あの老夫婦のように何回も子育てしてる家庭なんて今時そうはない訳ですし。みんな始めてで最後の子育てに挑戦している。それはとても大変だろうなと。でもまぁ、親ってのは大人な訳で。子供よりは我慢も効く。なら…なんて。
 あんな時母親を叱る人ってのも車内にはいたりするのです。

 正義の味方のように。

「あなたは体面ばかりを気にしてるじゃないか」
 なんて言っちゃう人もいる訳です。私も心ではそう思いました。思いましたが、それをやったらたぶん子供はもっと泣くだろうなぁ…と。なんで泣いてるのかわからんけれど、なんか伝えたいんだろうな。だから泣くんだろうな…そう思ったら出来ませんで。
 ともかく泣き止んでくれれば母親も恥ずかしくはないんだろうなぁ…さてどうするかな。そう思った矢先の老夫婦の行動。
 最近道を占有したり電車内で大きな声で携帯を使ってる老人などを見て、あれが昔聞いた「老いるのに失敗した人達」なのだろうな…などと思ったりすることも増えていたので、今回の件は結構晴れやかな気持ちになれました。

 時間にしてわずかに十数分の出来事。

 大したことのない日常のヒトコマ。
 けれどいろいろと思うことが増えるヒトコマではあったかなと思います。
 親の体面子の心。
 自分が親になることはないかもしれませんが…もしなったとしたら。思い返してみたい出来事だったな…と思っています。

10 months ago

July 19, 2012
reblogged via sabotem
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wds2012-552

World Domination Summit 初日午前中最後の講演は、Jonathan Fieldsさんと、Susan Cain さんの対談形式でした。Jonathan Fieldsさんといえば不安を力に変える方法について書かれた “Uncertainty” などの著作で知られており、Susan Cainさんは「内向的な人の力」のTEDトーク、そして同じテーマを扱ったベストセラー “Quiet
でいま注目されている人です。

私も高校の心理学の授業で、マイヤーズ・ブリッグズ性向指数(MBTI)のテストを受けた経験があり、しっかりと「内向的」であるという結果が出ていますので、この対談はとても期待して聞いていました。

内向的なことは、人が嫌いなわけではない

Introvert =「内向的な人」というと、「根暗」「人付き合いが嫌い」という具合に理解されることがありますが、実際はそうではないと Susan Cain さんは説きます。

「内向的な人は、anti-social なわけではなく、外向的な人と比べると刺激に対する反応の仕方が違うだけなの」

Susan さんはこのことを子供の頃のサマーキャンプで初めて意識したといいます。読書好きで、家族がたがいに静かに読書しているような家庭に生まれた Susan さんは、サマーキャンプもきっと小さな女の子たちが寝袋を並べて読書する場所だろうと想像していました。

しかしキャンプの大人たちは子供たちを集めて「さあ、キャンプ魂を燃やそう!」「アグレッシブになろう!」と号令をかけはじめ、そのことに Susan さんは衝撃をうけます。チームワークをしなければいけない雰囲気のなかで、彼女は一人で本を読むことが「恥ずかしいこと」といわれたのも同然だったのです。

声を上げ、競争の爪を研ぎ、目立つことを要求する世の中のなかで、内向的な人は息をひそめて生活していると Susan さんはいいます。その数は、世界人口の3割とも、4割ともいわれています。

100%内向的な人はいない

「自分も内向的な方だけど、こうしてスピーチをする仕事をしていたりするんだよね」と Jonathan Fields が質問をします。「でもスピーチが終わったあとに逃げたくなったり、その日によって波があるみたいだ。これは普通なのかな?」

もちろん、と Susan が答えます。「100%内向的な人なんていないわ。それは狂った人間に違いないとユングも言っている」

たとえば仕事と家庭では反応が違ったり、相手を知っているか知らないかで反応が変わることもあり、多分に文化的な背景でも内向的な人の挙動は変わるというわけです。特に、目立つことがよしとされる西洋文化に比べて、和を保つことをよしとするアジア的、儒教的な文化圏では内向的な性質がより尊ばれることさえあるのだとも。

「たとえば韓国ではクールな人と周囲に思われていたのに、アメリカに留学したらとたんに逆に思われるようになったと私に打ち明けた人もいるわ」

つまり「内向的なこと」がいけないことでも恥ずかしいことなのでもなく、「何が受容される」のかによって内向的な人の宿命は大きく変わるわけです。これは社会一般でも、オフィスや家庭といったミクロなスケールでも同じです。

ブレンストーミングは無意味?

wds2012-551

「でも、社会は常に目立つ人を要求するよね?」と Jonathan が質問します。「こうした人が会社で成功したり、昇進をするために必要なものってなんだろう?」

Susanはこれを2段階で攻めなくてはいけない問題だと答えます。「内向的な人も、自分の提供できる価値を伝えるために声を上げるべきポイントがある。自分にとってそれはどこかを把握するのはとても大事なの」その上で、会社や組織が内向的な人の力を引き出せるフォーマットを作ることも非常に大事だと説きます。

たとえば、いま一つの潮流になりつつある「オープンオフィス」という形式があります。複数の階や部屋にオフィスを分けるのではなく、一つの巨大な部屋に全スタッフを集めて会話を促進しようという動きで、これを実践している代表的な例として Pixar が挙げられます。

しかしこうしたオープンオフィスは結局コミュニケーションを生み出すどころか、外向的な人の独壇場となってしまって、本来ありえたこぢんまりとした会話も不可能にするかもしれないのです。

また、ブレンストーミングのようなグループ内の対話によってクリエイティブになろうとする試みも、たいてい無駄に終わるのだと Susan さんは指摘します。

「ブレンストーミングは外向的な人の机上の空論に過ぎないわ。その後の研究で、グループでアイデアを考えるよりも、各自が一人で持ち帰って考え、それを統合した方がクリエイティブな結果が生み出せるという結果が複数あるのを知っている人は少ないの」

たしかにそれは知りませんでした。

内向的な人に必ず必要なもの

さらに、内向的な人はおとなしくて勇気に欠けるという先入観もあるかもしれませんが、むしろ逆だと Susan さんは指摘します。内向的な人は、この外向的であることを要求する世界に、そこにそうしているだけで勇気を振り絞っていることがよくあるわけです。そうした内向的な人に「もっと発言しなよ」「もっと外向的になれよ」というのはいかにも酷なのですね。

「これは僕の専門である『不安』とも大いに関係がある」と Jonathan が言います。「内向的な人が感じる恐れ、これは social-rejection 社会的拒絶に対する恐れなのだけど、これは脳の『不安』を感じる部分と共通する部位が支配しているんだ」

逆にいうと、内向的な人であっても「不安」を御するために利用できるテクニックを駆使することで、その不安を管理することはある程度可能だというわけです。具体的な例として、ネガティブな意見の頻度や質を管理するだけでも、この不安のレベルを上げ下げできるといいます。

「この会議の主催者、クリス・ギレボーはあきらかに内向的な人だけど、彼の秘密はなんだと思う?」という Jonathan の質問に Susan は即答します。

「Conviction、信念よ」

「内向的な人が違いを生み出すには、外からどんな風にみられてもよい、どんな風に否定されてもかまわないと思えるほどの信念がなければいけない。それを持てば、内向的な人だって世界を変えることができるのよ」

内向的で、いじめられた経験ももつ私にはそれは力強い言葉でした。私はこの世に fit in するだけの存在でなくてもよい。はみ出しものであってもいいのだという励ましの声だったのです。

この記事に関連した記事:

  1. ウェブ上のアドレスブック Plaxo が SNS 事業に進出、その名も Pulse
  2. 仕事をするように趣味に生きる、”Go Pro” のマインドセット
  3. リアルな人とつきあおう。人間関係をハックする4つの方法

— 内向的でも成功するために必要なもの: Jonathan Fields・Susan Cain対談 #WDS http://bit.ly/Mn8pEI

10 months ago

July 13, 2012
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 ビギナーのための読み方・書き方とそのトレーニングの話を続けよう。





 今日は、文章を読むにしろ、書くにしろ、重要になる〈つなぎ〉のコトバをマスターしよう。

 
 〈つなぎ〉のコトバは、文を互いに関連付けて、文章を組み立てる。

 しかし〈つなぎ〉のコトバをリストにして並べても、眺めているだけではピンと来ないし、使えるようにもならない。
 
 
 
 ことばを知りマスターする近道は、自分で繰り返し使ってみることだ。
 
 しかし「自由に組手しろ」「とにかく実戦だ」「そこら辺のやつを(コトバで)殴ってこい」
というのは、歩き始めたビギナーには少々キツい話である。

 多くの伝統的身体技法には、「型稽古」とよばれるパタン・プラクティスがある。
 
 ことばのトレーニングにも同様の型稽古があっていいはずだし、実際アメリカの小学校で用いられるFour Square Writing Methodやフィンランドのカルタ(スパイダーグラフというかマインドマップみたいなの)を使った作文だとか、そうした試みは結構ある(これについては→Miksi(どうして)? ←フィンランドの小学生を国語力世界一にした質問:読書猿Classic: between / beyond readers Miksi(どうして)? 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加)。


 そこで今日は、


とりあえずの国語力 とりあえずの国語力
(2010/12/01)
石原大作

商品詳細を見る


という本から、コトバの型稽古につかえる文章テンプレートを紹介しよう。 
 
 
大枠の構成は

主 張
根拠・理由
   (複数)
再度、主張

の3部構成である。
 〈根拠・理由〉を分厚くするのがミソだ。

 根拠に使えるパターンはいろいろあるが、主だったものは下記の通り織り込んである。
 したがってすべてを使う必要はないだろう。
 しかし〈根拠・理由〉は薄べったいよりも、厚い方がよい。


イシハラ式ラクラク作文シート

1 主張 私は(______)の(______)について(______)と考えます
2 根拠 なぜなら(______)だからです。
3 定説 一般に(______)とされています。
4 権威付け (______)によれば(______)とされています。
5 具体例 たとえば(______)です。
6 事例 かつて(______)ということがありました。
7 比喩 まるで(______)のようなものです。
8 疑問 なるほど(たしかに)(______)という面はあります。
9 疑問へ
の反論
しかし(______)ではないでしょうか。
10 主張の
繰り返し
それゆえ(______)すべきなのです。


 
 このテンプレートには、普通の文章を組み立てるための、代表的な〈つなぎ〉のコトバ(下線部)が盛り込まれている。
 
 このテンプレートを埋めるだけで、文章が(少なくとも文章の骨子が)できあがるように作ってある。
 
 できる子はできない子の4.6倍のボキャブラリーがあるー日本語の語彙の測る/増やす方法 読書猿Classic: between / beyond readers できる子はできない子の4.6倍のボキャブラリーがあるー日本語の語彙の測る/増やす方法 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加 を例にして、テンプレートを使ってみよう。



1 主張 私は(_語彙_)の(_増強_)について(_本を読むのが一番_)と考えます。

2 根拠 なぜなら(_人が最も新しい語彙に触れるのは読書を通じて_)だからです。

3 定説 一般に(_読書量が多い人は言葉を多く知っている_)とされています。

4 権威付け (_ある研究者_)によれば(_子どもは自発的に本や雑誌など読んで、新たな語彙を獲得している可能性が高い_)とされています。

5 具体例 たとえば(_子どもは年間で約100万語に接し、年間15000〜30000語の新しい語に接しているのなら、最大で年に2250〜4500語を習得するという研究があり_)ます。

8 疑問 なるほど(たしかに)(_日常会話やテレビから受けるコトバは他からよりずっと多い_)という面はあります。

9 疑問への反論 しかし(_日常会話やテレビにはやさしい言葉が多く、新しい語彙に接する機会としてはあまり期待できないの_)ではないでしょうか。

10 主張の繰り返し それゆえ(_語彙を増やすためには読書を_)すべきなのです。




 
 以前、論文を書くための穴埋めシート(テンプレート)を取り上げたことがあるが、
論文に何を書くべきか→これだけは埋めろ→論文作成穴埋めシート 読書猿Classic: between / beyond readers 論文に何を書くべきか→これだけは埋めろ→論文作成穴埋めシート 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加
今回のテンプレートは、より一般的で、日常的な文章書きの用途に使えるものである。
 
 したがって、このテンプレートは次のようなことに使うことができるだろう。


文章を書く
・飾りやひねりがない文章を書く
・短いが必要十分な文章をすばやくつくる
・骨子のそれぞれのパートについて、繰り返し(入れ子的に)テンプレートを適用して、長い文章をつくる。


下書きをつくる
・自分が何を書こうとしているか確認する
・書くのに何が足りてないかを知る


他人が書いた文章を読む
・(上のテンプレート使用例のように)読んだ内容をフォーマットに落とし込むことで、文章から骨子を抜き出す
・元の文章を要約する





文章を書く練習に使おう

 文章を書く力は、実際に書くことでしか向上しない。
 
 しかし書くことに慣れない人にいきなり書けと言っても、どこから手をつけていいか分からないだろう。
 テンプレートは文章を書くのにどんなパーツが必要か、それぞれのパーツをどんな順序で配置し、どんな〈つなぎ〉で結びつければいいか、をサポートする。
 
 もちろん世の中の文章書きは、こうしたテンプレートをいちいち目の前に置いて書いているのではない。
 しかし多く読みまた書く経験を重ねて、様々な文章のテンプレートを吸収し、自分なりにアレンジして、無意識にであれ使っている(もちろん話すように行き当たりばったり書いている人も多いが、それは文章とはいわない)。
 あるテンプレートを意識することは、自分の中のテンプレートに自覚的になり、それを改変・改善する機会にもなる。



文章を読む練習に使おう

 また書くことは、読む力を急速に向上させる。自分が書く立場になることで、ただ受け取るだけでは気付かなかったコトバや文章の働きに敏感になることができる。
 フランシス・ベーコンは「書くことは精確な人間をつくる」と書いているけれど、書かない人と比べれば書く人の読みはより精確で深い。

 たとえば他人の文章を読んで、その要約をつくることは、文章を読み書きするすべてのスキルを鍛える総合トレーニングである。
 フリーハンドで要約を作れ、と言われても、中々むずかしいが、このテンプレートは補助具として、このトレーニングをサポートしてくれるだろう。




そして文章の初心者にも

 文章を読むのが苦手な初心者にも、テンプレート・ライティングは有効である。
 
 文章を読むためには、当然だが複数の文をつなげて理解しなければならない。
 
 しかし文字が読めても文章が読めない人はつながりに注意を払わず、文や単語という〈点〉だけを見ている。

 いま話題にしているものを文章のレベルで、いや文のレベルでは否定しているのか肯定しているのかさえ、ほとんど見ていない。
 ある単語が含まれているかどうかだけで反応が決まってしまうことすらある(わりとある)※。
 
 
 読むことに慣れている人が、この段階での苦しみを思い出すためには、知らない言語を学ぶといい。
 一文一文を理解するのに精一杯だったレベルでは、文章全体で何が書かれていたか、ほとんど覚えてすらいなかっただろう。
 さらにその手前では、ほとんどすべての単語が分からず、調べるのにへとへとになって、一つの文の構造を考えるのも一杯いっぱいだっただろう。文脈になど、ほとんど意識を割く余裕がなかっただろう。

 〈つなぎ〉のコトバを知り、それによる文章の組立てのパターンを知ることは、文章のどこに/どんな順番でどんなことが書いてあるか、について予測するのに役立つ。

 〈つなぎ〉のコトバは数多いが、その機能はコトバの数ほどは多くない。
 〈つなぎ〉方のパターンは比較的少数であり、代表的なものを知っておけば、アレンジしたものも捕まえられるようになる。

 文章にはどんなパーツが必要かをパターンとして知っておけば〈あとどんなパーツを何を探すべきか?〉、〈まだ何を見つけられていないのか?〉についても勘が働くようになる。

 下から積み上げるボトムアップな読みに対して、いわば全体から部分を理解するトップ・ダウンの読みである。

 〈つなぎ〉のことばを、「ディスコース・マーカー」と呼んで英語を読むに役立てようというのは、元々は書くためのフォーマットを、読むことにも役立てようとするものだった。
 



※ 書き言葉から一番表面的なレベルの〈情報〉を得るだけなら、この〈点〉の読み方でもなんとかなる。
 電話帳や時刻表を想像するといい。
 他の例だと、商品カタログは(多くの場合)この読み方で読まれる(また〈点〉の読み方に合わせてつくられている)。
 これらの文章素材は、リーディングの最初期の素材にも用いられる。 
 実のところ、互いに要求を伝え合うだけの、一番表面的な〈日常会話〉は、〈点〉の読み方と同じレベルにある。
 いわゆる三語亭主「フロ、メシ、ネル」が典型だが、これまた岸本裕史ネタだけれど、小学生がいる家庭での会話を3日間録音したものを調べると(ほんとこの人いちいち調べているのがおもしろい)、もっとも発せられた言葉のベスト3は3位「あほやね」、2位「勉強しい」(勉強しなさい)、1位「はよしい」(早くしなさい)だった。

 しかし物事を論じようとすると〈点〉の言葉では間に合わない。
 たとえば〈要求〉ではなく、〈主張〉や〈説得〉をしようとすると、〈理由〉を述べることが必要になる。
 〈理由〉を述べるには論じることが必要になる。「ナニがどうだから、こうなんだ」と、口で話す際にも〈点〉ではなく、せめて主語と述語がそろった〈線=文〉の言葉がいる。
 
 〈線=文〉の言葉を使えない人が議論をはじめると(彼らは二語文未満の世界にいる)、強烈な/強烈さだけで選ばれる単語が頻発することになる。
— 文章の型稽古→穴埋めすれば誰でも書ける魔法の文章テンプレート http://bit.ly/NFWsv2

10 months ago

July 13, 2012
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851:おさかなくわえた名無しさん:2007/07/15(日) 19:04:41 ID:efXMCopV

小学生の時、よく物を取られていた。
取っていたのはクラスのリーダー格の女子(Aとする)で、私が当時流行ってた
キャラのグッズ(といっても鉛筆とか)を持っていると
「お前がそんなの持ってるなんて生意気!」
と強奪されていた。
私は当時目立たない上に口下手な子で、先生に言いつけるとかそういう行為が
できなかった。先生に言ったら叩くからね、とAに言われていたし。
しかしある日、誕生日に母が買ってくれたマスク入れの巾着を取られた。これ
は強奪されたわけじゃなく、どうやら私が見てないところで盗られたようで、
Aが盗ったという事は翌日に判明した。おそらく私は何も言えないと踏んでいた
Aが、それを堂々と使ってたから。
大事にしていたのでどうしても返して欲しくて、勇気を出してAに
「それ私のだよね、返して」
と言ったら「は!? あんたのの訳ないじゃん」と言い返されて突き飛ばされた。
そこに担任登場。とりあえずAと私は職員室に連れてかれた。
Aは勉強も運動もできて外面は良い子だったので、担任ははなからAが盗ったとは
思ってなく「(私)ちゃんは失くしたんじゃないの、Aちゃんがたまたま同じの
持ってたんでしょ」と私を疑った。私は気弱で口下手な子だったので「でも私の
……」と言ったまま口篭ってしまい、なぜか私が怒られる羽目に。




□ いい人・やさしい人のお話 12 □
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/kankon/1173747603/





852:おさかなくわえた名無しさん:2007/07/15(日) 19:05:29 ID:efXMCopV

そこにたまたま来た校長が「どうしたんですか」と入ってきた。
担任はさも「(私)ちゃんの勘違いでトラブルが起きた」ように説明していた
が、校長はその説明を聞いて、私の目線まで屈んで
「本当に失くしたんじゃないんだ?」
とやさしく聞いてきた。私は「校長先生も私を疑っている!」と思って、悲しく
なって「失くしてないです」と言いながら泣いてしまった。
そしたら校長は私をなでてくれて、担任に
「この子は普段あんまり自己主張しない子だけど、そんな子がここまで言う
なら本当かもしれないよ?」
と言い、今度はAに向かって屈んで
「それは本当に君のなの?」
と言った。とたんにAの目が泳ぎだした。この校長、普段から私たちと話す時
はじっと目を見つめてくる人で、今思うとこの人にだけは嘘を言えないような
雰囲気を持った人でもあった。
Aは結局、下向いてぼそっと「ごめんなさい、盗りました……」と白状した。
担任はころっと態度変えてAを叱ろうとしたが、校長はそれを制して
「人のものを盗るのもいけないけど、嘘を吐くのはもっといけない事だ。でも
Aさんは今、本当の事を言ってくれたね。僕はうれしいよ。今度から人のものを
盗っちゃだめだよ」
とAの目を見たまま穏やかに諭した。
翌日、私が登校するとAが来て、小さい紙袋を突きつけて「ごめん」とぼそっと
言って去っていった。紙袋には、私がいままで取られていたものが全部入って
いた。校長に感化されたんだろう。
今考えても、人間的にも教師的にもとてもいい校長だった

10 months ago

July 10, 2012
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Renji Talkで「時間を無駄にすることが罪ではない理由」を公開。レオ・バボータ「Why Killing Time Isn’t a Sin」(Zen Habbitsより)の日本語訳です。

最近、ある人の書いた旅行のコツについての文章を読む機会があった。彼は「時間を無駄にすることは罪である」ことをいつも心がけ、たとえ飛行機に乗っているときでも、空き時間を少しも漏らさず活用しているという。「良い本を読む。ロゼッタストーンで外国語を学ぶ。しばらく連絡を取っていない世界中の友人たちに手紙を書く」という具合だ。

読書をしたり外国語を学んだり友人に手紙を書くことに全く異論はない。私が賛成できないのは、空き時間は効率的に活用されなければならないという考え方だ。かつての私ならその考え方に完全に賛同していたが、今では全く異なる考え方をしている。人生は生きるためにある。生産性のためにあるのではない。
全文を読む
— レオ・バボータ「時間を無駄にすることが罪ではない理由」 http://bit.ly/LABt0D

10 months ago

July 9, 2012
photo ツイ廃のお手本 on Twitpic

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December 7, 2011
photo yfrog - nara shiori - @ShiO_47

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October 21, 2011
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October 21, 2011
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October 6, 2011